車椅子で伊勢崎市議会議員の高橋のぶたかです。
令和7年(2025年)1月21~23日、「インクルーシブぐんま」にて【インクルーシブ教育】と【障害者の自立生活】の視察に東京と兵庫、大阪に行ってきました。
21日[1日目]
👉東京都中央区立有馬小学校
普通学級に、ダウン症の子や車椅子の子も一緒に授業を受けていました。発達障害の子も特別支援学級と教科によっては普通学級でというように柔軟に対応しているようです。
校長先生の理解度がとても高かったです。その証拠に、特性のある子に校長先生大人気でした。校長室も休み時間人気になるとのことです。
とても良い雰囲気でしたが、その校長先生が「インクルーシブ教育は大阪の方がスゴイです。雰囲気から違いますから」と感慨深くおっしゃっていました。
ちなみに、東京都は、知的障害の子の特別支援学級がないそうです。知的障害の子は、特別支援学校に行くそうです。昔から明確に分離しているそうです。
中央区は特に財政力が高いため支援員はしっかり配置されているようです。驚いたのが、理科や体育の準備支援員という人もいることです。
区の小学校全てバリアフリー化されていてエレベーターも完備されているそうです。
👉特定非営利法人メインストリーム協会(兵庫県西宮市)
重度な障害当事者が、地域で自分らしい生活を行なう団体「自立生活センター(CIL)」は、アメリカのバークレーが発祥で、日本に100くらいあるとお聞きしています。
メインストリーム協会は、その中でもトップクラスの規模で、特徴的な取組をしているから1度行くことを勧めると何年も前から言われていて、ついに行ってこれました。
入った瞬間から、規模の大きさに度肝を抜かれました。
大きな事務所兼居場所があり、2階は会議室などで、3階は複数人が実際にヘルパーと共に生活の研修が出来る設備が、完備されていました。
そして海外(アジア圏やボリビアなど)にも自立生活やヘルパー制度、重度訪問介護制度などの普及をしていて、交流も盛んとのこと。実際に、メインストリームの障害者は、海外渡航経験ばかりで、言葉のつながらない現地の介助者を利用しながら研修生活しており、-43度にもなるモンゴルに行き来する私と同じレベルの頚随損傷の方もいて終始驚かされっぱなしでした。
この日も、モンゴルの障害当事者が5人ほど来ていて、その内のひとりが、2017.12.19群馬で我々障害平等研修(DET)の視察に来ていた人で、久々の再会でした。
また、西宮の人たちは、ヨイショが上手で、つい調子に乗って話が盛り上がり夜の10時まで語り合ってしまいました。
障害者になって高橋は15年ですが、これほど狂ったように楽しんだのは久しぶりでした。
22日[2日目]
ついに来ました。
50年前から、どのな子でも同じ場で共に学ぶ教育を実践してきた豊中市。日本のインクルーシブ教育で最も有名なところでしょう。
豊中市は、同和問題が深刻で、部落差別で地域の学校に行けない状況だったそうで、その差別を禁止するため地域の子は地域の学校に通うという基本計画が策定されたそうです。その流れで障害がある子も当然地域の学校に行くという計画も策定され50年続いているそうです。
最近では、外国籍の子も同じ普通教室でという取り組みも進められています。
埼玉県で教員をしていた先生が、校長先生で「埼玉ではクラスの中の中心的リーダーを中心にクラスづくりが形成されていたけど、豊中は障害等の特性のある子を中心にクラスがつくられていて真逆なんです。」とおっしゃっていたのが印象的でした。
また、支援コーディネーターの先生は、ご自身も豊中の学校を卒業した生粋のインクルーシブ教育が当たり前な方で、なんで分けるのかが分からないくらいの感覚の方で大変勉強になりました。
👉考える会、障害のある子を持つ保護者たちとの意見交換会
50年間、障害のある子を持つ親の会が、脈々と継続されているそうで、その役員の方と保護者の方々の意見も伺うことができました。
現在、豊中でも特別支援学校・特別支援学級に分けた方がいいのではないかと考える保護者や先生も出てきはじめた、ということも伺いました。
インクルーシブ教育の本丸とも言うべき「豊中モデル」も今後どうなっていってしまうのか、少し心配になりました。
ただ、あくまでも一部だけですから、変わらないことを期待します。
👉特定非営利活動法人自立生活夢宙センター(大阪市住之江区)
自立生活センター(CIL)の規模で大きく特徴的な取り組みをしている、もうひとつの夢宙センターへも、やっと行けました。
こちらも、規模がすごく、やっていることも異色で障害者の固定概念さえ簡単に壊されました。
重度な障害当事者が主体となり、国際自立生活交流・訪問介護事業・基幹相談センター委託事業・生活介護・居酒屋を経営及び運営していました。
障害者、健常者合わせて総勢200人規模ですって。ちなみにメインストリーム協会も同規模とのこと。
入浴介助と静養などが普通一般的な生活介護ですが、なんとここは劇の練習及び公演に行くことや、朝の小学生の旗振り当番までやっていて、全て障害当事者が主体で考え、行なっているそうです。
居酒屋は、健常の方たちがスタッフで、どんな人でも来れるように完全バリアフリーでした。B型作業所などの制度を使用していないのもビックリなのと、食べ物がすごくおいしかったです。
夢宙センターは、駅直結の大きな商業施設の一角で、立地条件も良く、継続していけているということは事業としても黒字で、サスティナブルだということです。
また、大阪の人たちですので、今日もヨイショが上手で、狂ったように腹の底から笑いました。
障害者の暗い悲壮感が、どこにも見当たりませんでした。
23日[3日目]
日本でも有名なインクルーシブ教育が50年間行なわれている豊中市、その豊中市の小学校の中でも、最も有名な南桜塚小学校に、ついに行ってまいりました。
重度な身体障害の子、全盲の子、知的、発達の子の全ての子が普通学級でみんなと一緒に授業を受けていました。
全校児童600名ほどで、支援学級34人在籍で支援学級の教師9名と支援員3人が、「入り込み」をしていて実質支援学級の教室は使われていないとのことでした。
支援学級教師9人と支援員3人の12人が、毎日の計画を立てて連絡しながら、インカムを使用しながら動いていました。
35人学級ですが、障害のある子も入ると40人近くになるときもあり、はやり「人」がほしいというのは全国の地方の学校の共通課題のようです。
ただ、そんな状態でも、特別に宿題やテスト、年間カリキュラムを少なくするなどやっていないそうです。正直、ここでも固定概念を崩されました。
4・27通知問題は、豊中に衝撃が走ったそうです。ただ、基本姿勢はぶれなかったそうです。近年、通級が全小中学校に設置され、県の負担で教師が加配されたそうです。
豊中のインクルーシブ教育の原点は、人権問題で差別解消のための徹底さが、うかがえました。
支援学級という、「特別」支援学級などの、「特別」は使っていません。
支援教師や支援員と障害のある子が、普通学級に「入り込み」をしているとき、支援教師らが障害のある子にベッタリ付かないように配慮している様子がうかがえました。また、一般の子も支援教師に普通に相談するし、おそらく一般の子たちは副教師みたいな解釈でいると校長先生も、おっしゃっていました。
有名な橋本校長先生も、今年度で退職だそうで、現役の時にお会いできタイミングが良かったです。3時間、校長先生が付きっきりで案内していただき、ずーっとお話ししてくださり、そのエネルギッシュさも、今後期待したいです。
「インクルーシブ教育」を行なうのは、別に特別仕組みを変えなくてもできることを豊中市50年の歴史と今でも継続されていることで、実証されており、雰囲気が分かり、よく理解できました。
伊勢崎市は、多くの外国籍の子も同じ教室で共に学んでいる点は、おそらく日本でもトップクラスです。この基礎が、あるので障害の有無で分けずに、普通学級で一緒に学べるように、ちょっとした工夫を少しずつ行なっていくことで、インクルーシブな教育が進められるのではと感じました。
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