· 

群馬医療福祉大学にて夫婦で講義と、高橋が人前で講義をいつから、どのようなキッカケで始まったのか

車椅子で伊勢崎市議会議員の高橋のぶたかです。

 

「障害者として生きるまでと、その後の体験を通して」

① 当事者として

② 当事者を支える家族として

③ 地域で生きる障害者を支えるために知っておいてもらいたいことなど

④ 質疑応答

 

伊勢崎市議会議員 高橋 宜隆

なつみ総研(株) 代表取締役 高橋 奈津美

 

令和5年6月20日、群馬医療福祉大学 社会福祉学部 第3学年の学生さん達に夫婦でお話をしてきました。

真剣に聞いてくれて、質問もたくさんしてもらったので、行った甲斐があり、生きててよかったと改めて感じる瞬間でした。

学生さん達の今後に、ほんの少しでも参考になってくれていたら本望です。

 

障害を負ってから、小学校、中学校、高校、大学、事業者や市民活動団体などからのご依頼をいただき、自分の経験や障害者に関わる社会の動き、障害平等研修(DET)ファシリテーターとして人前でお話しする機会が多くなりました。

 

13年前に障害を負う前までは、講義をするなんて1度もありませんでした。

 

思い返してみると、群馬県立伊勢崎興陽高校福祉系列の生徒さんたちに2015年1月26日(今から8年半前、40才)にやったのが、初めての講義でした。

緊張しまくって、どのように話したかまったく覚えていません。

そのような中、温かく迎え入れてくれた生徒さんと先生に改めて感謝致します。

 

特に、当時無名の1障害者が、新聞に載った記事を見て、依頼してくれた群馬県立高校福祉分野で有名な中山先生(当時伊勢崎興陽高校、現吾妻中央高校勤務)の存在抜きには、高橋の歴史を語れません。

 

障害を負って5年経っていましたが、まだ少し前向きになったばかりの頃に、パワーポイントの作り方から教えて下さり、頑張りすぎてスライドを118枚も作ってしまい、初めての講義で緊張もあり、伝えなければならないことより、スライドを読み上げることが主体となってしまい成功とは決して言えない結果でも、何一つ苦言を言わなかった中山先生の器の大きさに驚かされました。

そして、人に教えるのに、「しかる」のではなく、「自分で気付いてもらう」ということの大切さを教わりました。

 

おかげで、今ではスライドを10枚前後にして、少しは成長してきました。

 

私も、48才になりました。

今まで、多くの方にお世話になったことを思い返すことが増え、改めて感謝をすることが増えてきました。

誰かが、頑張ろうとしているとき、ちょっと支えたり、力になれる人間になっていけるように頑張っていきたいと思います。

コメントをお書きください

コメント: 4
  • #1

    ちなみ (土曜日, 24 6月 2023 14:11)

    頑張っているね、その正直さ乾杯‼️

  • #2

    高橋のぶたか (土曜日, 24 6月 2023 17:48)

    ありがとうございます!
    これからも頑張っていきますね。

  • #3

    岡田稔(東京都福祉大学) (日曜日, 25 6月 2023 09:39)

    障がい者になったからこその人生の変革で、前を向いて歩いている姿は、輝いているとおもっています。また、市政にも参画されて、これからの伊勢崎市を変えて行っていただきたいときたいしております。

  • #4

    高橋のぶたか (日曜日, 25 6月 2023 16:28)

    岡田先生、ありがとうございます。
    どんな障害があっても社会に参加しやすい環境を作っていけるように取り組んでまいりたいと考えています。
    外国人が、県内最多の伊勢崎市で、どんな特性の人でも暮らしやすくなるように多様性と、市政が現在社会に柔軟に寄り添えるようにインクルージョンへの意識を高めていきたいと思います。
    岡田先生、ぜひともご指導のほどお願い致します。